なかなか、衝撃的な事がありまして。

 以前放送されていたアニメの、ソードアードオンライン、略してSAOという作品がありまして。
 その作品の一期が再放送されるという事で、何気なく録画してぼちぼち観ていて、
 8話の、アスナという女の子が料理するシーンの背景にあるものなのですが…

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 右のは、うちの製品の薪ストーブ↑

 どー見ても、うちが作ったやつだと思う。かお


 そして、アップシーン。
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 ドーム状のオーブンの両サイドの点検口。
 実は、うちの薪ストーブの特徴です。
 全体的に他の製品と似てたとしても、ここは似ないはず。

 なんか、嬉しいけど、一言ほしかったような…。-w-

 とりあえず、アスナさんになりたい人、あるいはアスナさんを嫁に迎えたい人、募集します。・w・ノ

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# by 30kuro20 | 2016-12-12 19:24 | アニメ

まっるまるとした

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  カブ出来ました!
 
 前回のに比べたら、かなりのカブ感です。
 美味そうではあったけど、今回のは友人宅と、実家の方に寄付してまいりました。
 お嫁に出す気分。人-w-`

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  ついでに、大根も。

 これは、うち用に持って帰ってきました。
 大根足の我が子です。人-w-`

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  さらについでに、ニンジンの間引き。

 あっさり野菜スープにしてやりました。

  ごちそうさまでした。人-w-`

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# by 30kuro20 | 2016-11-28 18:57 | 農作

  毎年カブとかの根菜類は上手くいくのだけど、菜っ葉物は何故か上手くいかなくて、ヒョロヒョロになってしまっていたのですが…

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 育った〜〜!
 何故か育った〜〜!

 
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 先日の手術から、一週間は散歩もしないようにと言われていたので、しばらく畑に行けなかったのだけど、育ちましたわ〜。

 …何故上手くいったのかが分からないところが、モヤモヤするのだけど。-w-`

 しかし、一方、若採りしてきたコイツは、なんだろう…
 先ほど、毎年上手くいってると言ったカブなのだけど、…

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 なんだか、動物チック。
 右側の根が、なんだか細〜いゾウの鼻のよう。

 「大カブゾウさん」
 
 そういうタイトルの絵本にでも出てきそうな。

 このカブを鍋で煮たら、ゾウ煮になるのだろうか。


 はれるでしょう。

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# by 30kuro20 | 2016-11-20 09:57 | 農作

ラダー式ラックを製作

 ちょっとシンプルでコンパクトなラックが欲しかったので、作ってみました。

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 このラックの1つ前に、似たような構造で、これより少し大きめなシューズラックを作っていて、そこからの連作です。
 その時は「靴さえ乗ればいいや。」と思って作ったので、棚の受け棒は必要最低限にしています。

 靴を乗せてみると、こんな感じです。

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 必要最低限の構造なので、本来暗くなりがちなシューズラックでも、上から下まで光を通すので明るい雰囲気になります。

 そして、掃除がめっちゃ楽です。
 うむ。手間なし手間なし。

 サイズとしては、幅52cm × 高さ107cm × 奥行20cmですが、
 ゆうパックのサイズ規定でお客様の元へ発送する事を考えて、棚と両サイドの支柱は、左右でビスで固定しているという組み立て式になっておりまして、梱包の際には、かなりペッタンコになります。

 ハンドメイドという事を言い訳にしてはいけませんが、ややラフな作りなせいか、ちょっと組み立てに手間と場所が必要なのが難点かなー。
 特に、うちみたいな賃貸だと、床を傷つけなくないので、丈夫な布地のソファの上か、段ボールで床の養生した上で組み立てると、比較的安心。


 と、前回シューズラックとして作ってみて、
「工夫次第で靴以外も置けるなー」と思ったので、うちではこんな感じに使っています。

 
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 自分でやっておいて言うのもなんですが、意外と落ちない。

 棚にお好みと目的に合わせた形に加工した木板を乗せて、より安定したラックにも出来ますが、
 麻紐なんかを棚のフレームに結んでラフな籠を作ってみるのも面白いかもしれませんね。

 個人的には、アイビーなんか這わせて少し賑やかにしてあげたい。
 

 ではでは、はれるでしょう。

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# by 30kuro20 | 2016-11-17 19:35 | 鉄雑貨

創り手の気品

 先日放送された、宮崎駿さんのドキュメント番組のワンシーン。
 ネットでも話題になっている話ではありますが、僕なりに思った事を書いてみようと思います。

 まず、確実に1つ言える事は、言わずもがなではありますが、ドワンゴ側の人たちは、持ってくる材料選びと、場所を間違えたという事でしょうね。
 その番組を視聴されていなかった方へ説明となりますが、
 材料というのは、3DCGで描かれた体の一部が欠落した人体のようなモデルに、「可能な動作で早く移動する」という人工知能プログラムを与えた結果、自動生成されたものが偶然的に気持ちの悪い動作になり、それがゾンビキャラクターの表現として使えるという実験映像の事です。

 宮崎駿さんは、その映像に対し、
「身体障害の友人がいるんですよ。ハイタッチをするだけでも大変なんです。(省略)その彼のことを思い出してね僕はこれを面白いと思って見ることができないですよ。」と不愉快な気持ちをハッキリと表しました。

 宮崎駿さんのその言葉は、もちろん嘘では無いし、確かにその知人の事は頭に浮かんだのだろうとは思います。
 でも、僕は、宮崎駿さんの怒り正体は、実はもっと別のところにあって、
 それは宮崎駿さんの生き様の軸にあるものから来た怒りなのでは無いかと感じました。

 あのドキュメンタリーを頭から最後まで観て、そして、宮崎駿さんの手がけた作品を思い返してみて思った事があります。
 宮崎駿さんが描くアニメーションの、ほんの些細なシーンの動きの1つ1つは、「あたりまえ」なものを描いているという事です。

 例えば、
 扉が閉まる時には、スゥ…と閉まりかけて、閉まり切る少し手前で、やや速度が落ちて…パタンと閉まる。
 調理する人が出汁の味をみる時には、作業する時の速度よりも緩やかな速度で出汁を口に運ぶ。その後、1秒も満たない間、考えてから次の動作に入る。
 生まれた感情が満ちて、涙として溢れるまでの時間の長さ。

 そういった、現実的な「あたりまえの事」を土台として描く事が、アニメーションの色気、質の高さなのでは無いかと僕は思います。

 しかし、「あたりまえの事を、あたりまえのままに描く」事。
 それは、自分の生きてきて、見て、感じてきた事の、コンマ1秒単位を設計図として、1つでも取りこぼして、嘘になってしまわ無いように描く作業です。

 さらに、「あたりまえ」というのは、1つの現象に1つでは無く、1つの現象に対し、何十通りもあって、そのシーンに合った「あたりまえ」を選ばなくてはいけない。

 大げさに言えば、「砂漠の砂を数え間違え無いように数えている」ような感覚なのかもしれません。

 宮崎駿さんは、自らにも、スタッフさんたちにもその厳しい水準を求めた、
 その上で、宮崎駿さんの思い浮かんだ世界感を、その「あたりまえ」の中で躍らせている。

 元々「作り物」「嘘の世界」である事を前提とした、思い浮かんだ空想の世界をただ描いただけでは、作品としてフワフワしてしまいますが、
それを「あたりまえ」という現実に包む事で、その世界は、「限りなく現実に近づいた空想の世界」になります。
 宮崎駿さんの作品の魅力の根底には、それがあるように思います。
 そして、それは宮崎駿の作品に対する責任の取り方なのだと思います。


 ここで話を、件のドワンゴの実験映像に戻しまして。
 宮崎駿さんが、不快感を表した後、横にいたジブリのプロデューサーの鈴木さんがドワンゴ側に問いかけました。

「(この実験映像、あるいはドワンゴさんは)どこにたどり着きたいのですか?」

 僕が勝手に、この問いかけについて思った事ですが、
鈴木プロデューサーさんのこの言葉は、ドワンゴの方々に対して「宮崎駿が怒っている理由は、君たち分かってる?この映像を選んで持ってきた時点で、君たちに勝ち目は無いよ。この問いで、宮崎駿の怒りが理解出来るかは分からないけと、ここは退きなさい。余計な事を言わずに退きなさい。」という気遣いであると同時に、
 やはり、鈴木敏夫さんは、宮崎駿さんの一番の理解者なのだろう感じました。

 それに対するドワンゴ側の回答は

「人間が描くのと同じくらい絵を描く機械。」と答えられました。

 ヒヤッとしました。
 ドワンゴ側の方が言っている内容そのものというよりも、その考え方が、
 明らかにジブリとは真逆のものであり、それこそが宮崎駿さんの感じている不快感の正体であるように思ったからです。
 
 先ほどの鈴木敏夫さんの問いかけより前の宮崎駿さんの言葉ですが、

「これを作る人たちは、痛みとか何も考えないでやってるでしょう。極めて不愉快ですよね。」

 この「考えて無い」というところが、宮崎駿さんにとって重要なのだと思います。

 宮崎駿さん、描く上で「あたりまえ」の事に向き合って、考えて考えて、考え抜いて描く。
 作品を飛び越えて、これを観た人がどう思うか、

 「あたりまえに、どういう印象を受けるか」まで想像する。

 しかし、ドワンゴ側の持ってきた実験映像はどうでしょう。
 人工知能に考えさせて、その結果をそのまま持ってきて「どうです?面白い動きをするでしょう?」と言っているわけです。

 手塚治虫さんの「火の鳥」で、未来の世界を描いた作品の中で、共に高性能なスーパーコンピュータに国の政を任せた2つの国があり、ある日そのスーパーコンピュータ同士に会話させたところ、2つのスーパーコンピュータはお互いに「自分の方が優秀である」と主張し、お互いに「戦争するしかない」という答えを出し、
 2つの国はその答えに従って戦争を起こし、
 それが戦争のきっかけであると知った、1人の人間味のある博士は「なぜ機械なんかに人類の未来を任せたんだ!」と激怒するシーンがあります。

 また、近年の作品では、「サマーウォーズ」の中で、世間を騒がせた人工知能プログラムの製作者は自分だと親族の前で告白し、その事を親族に責められた侘助が
「だから、俺は開発車であって、機械にあーしろこーしろなんて命令した覚えはない!」と責任を放棄するシーン。

 パブロ・ピカソは、初めてコンピュータに触れた時、こんな事を言いました。
「こんなものの、何が凄い?こんなもの、ただ答えを出しているだけじゃないか。」


 人々の記憶に残る作品を作る人たちは、大昔から知っていて、警鐘を鳴らしていたのだと思います。

 どんなに優れたものが出した答えであっても、何故その答えになったのかを分からないままに、その答えに自分たちの未来を委ねる事。

 それが、人類の終着駅であると。

 恐ろしい事に、人類はそれまで先人たちが、未来の為に必死の思い築いてきた英知を結集して、

 その思考停止の終着駅に向かっている。


 創り手は、考える事を止めてはいけない。
 どんなに面倒臭くても、「あたりまえ」に手を抜いちゃいけない。

 それが、創り手の品格であり、責任の取り方なのだと思います。


 宮崎駿さんが言った、身体障害者の友人の話は、確かに宮崎駿の頭に浮かんだのだと思います。
 ただ、それは、宮崎駿さんの感じた不快感を、

 どう言えば、この「あたりまえを考えない創り手」のドワンゴの方に伝えられるか。

 それを考えての、宮崎駿さんなりの、伝え方だったのではないかと思います。


 とても長文な上、僕の勝手な想像にして、偉そうな文になってしまったように思いますので、僕の考察はここで終わりにします。
 読んでくれた方、ありがとうございます。

 オマケと言ってはなんですが、僕が好きな歌い手、竹原ピストルさんの最近の歌詞の一節を。

 
 「よー、そこの若いの。

  俺の言う事、聞いてくれ。

  俺を含め、誰の言うことも聞くなよ。


  よー、そこの若いの。

  君だけの花の咲かせ方で

  君だけの花を咲かせたらいいさ。」



 はれるでしょう。
 

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# by 30kuro20 | 2016-11-15 19:31 |